新しいお寺のかたち

専明寺(下松市)浄土真宗

遠いハワイから思うこと

聞いた話です。
山口県では、大島などからハワイに移住をされた方が沢山いました。今ではハワイに日系3世・4世にあたる
孫やひ孫が生活しています。
日本から移住をして長い年月が経過したとき、ふと自分はいったい何処に骨を埋めるのだろうかと
不安になったおばあさんがいました。(便宜上、田中トキさんという名前にしましょう)
田中さんは、大島からハワイに移住をして気づけば70歳に近づこうとしていました。
遠い故郷を思い出して、自分には故郷に帰るべきなのか迷いながら、又故郷の家族に
受け入れられるのだろうかと不安に思っていました。
その時に、よく口癖のように「あぁ、日本に帰りたい。故郷の大島が懐かしいなぁ。みんなどうしているのだろう」
と、周りのみんなに話していたようです。
よくよく「帰りたい」という言葉を聞いていた家族は、トキさんに「一度日本に帰ってみないか?」と
提案をしました。家族の支えもあり、迷っていたトキさんは一度大島の実家に帰ることを決意します。
家族を連れて、トキさんは久しぶりに実家を訪れます。何年ぶりか20年は過ぎていたようです。
初めて日本に来た娘や孫を連れて、トキさんは日本を紹介します。以前と大きく変わっていて
困惑したこともありましたが、大島の実家だけは昔と変わらない佇まいでした。
ある時、トキさんの兄弟で実家に住んでいる長男から
「もし良かったら、大島に帰ってこないか?こっちで暮らしてもいいんだぞ」
その言葉を聞いて、トキさんの目にはいっぱいの涙で溢れかえりました。
トキさん家族の楽しい日本での生活はあっという間に過ぎて、ハワイに帰る日となりました。
家族みんな、トキさんも笑顔で大島の人々に別れの挨拶をして、日本を後にしました。
ハワイに帰ると、また以前と変わらない生活に戻りましたが、一つだけ変わったことがありました。
それはトキさんの口癖がなくなったのです。もう「日本に帰りたい」という言葉を口にしなく
なったのです。
トキさんにとって、「帰りたい気持ち」、「日本に生きたい気持ち」が無くなったのかと言えばそうではありません。
もちろん日本・故郷の大島を思う気持ちは以前よりも増して大きくなったことでしょう。
しかし、お兄さんの言葉を聞いて、トキさんは安心できたのでした。「いつでも帰っておいで、大丈夫だよ」
との言葉を聞いた時、とても嬉しい涙が出たのでありました。
自分にとって実家とは大切な場所であります。その場所を遠く離れていた自分を、いつまでも見放すことなく
いつでも自分を受け入れてくれる場所なんだと分かったときに、トキさんの不安はなくなりました。
トキさんにとって、実家とは「いつでも自分の事を受け入れてくれる安心できる場所」であったのです。
トキさんにとって、人生の大半をハワイで過ごし、家族もハワイにいるのですから
骨を埋める場所はハワイなのでしょう。けれども以前と違うのは、ハワイにいながら、
実家の思いを知れたことにより、ハワイでの生活を迷うことなく・後悔することなく送ることが出来たのです。
阿弥陀如来さまのはたらきによって、私は命終えた時に浄土に生まれ、仏とならせていただくのです。
先達の方々が待っていてくれるお浄土で、また再会する楽しみがあるのです。
この命が終わることは、不安もあります。苦しいのは嫌だ。病気に苦しむことなく楽に逝きたい。
けれども、そればかりは分かりません。どのような死に様になるのかは選べないのです。
けれども、この命終えた時に、この身体と別れるけれど、また出会える場所がお浄土なのです。
親や兄弟、または子どもが待っているお浄土に、いつでも迎え入れてくれると分かった時に、
死後の不安がなくなるのかと思います。
「南無阿弥陀仏」と届いている私たちは、かならず浄土に生まれ仏となるのですから、
その道のりを、命終わるまで楽しみに過ごしていきたいものです。