あなたの幸せ、あなたの痛み

阿弥陀さまの大慈悲心(だいじひしん)

この度は、阿弥陀如来さまの大悲(だいひ)、その広大なお慈悲のお心について、皆様方と共に味わわせていただきたいと思います。

「大悲」とは、より丁寧に申しますと「大慈悲心」という言葉の略でありまして、二つの側面から成り立っています。一つは「慈(じ)」のお心。これは、「あなたの幸せが、この私の幸せでもある」という、他の幸せを純粋に願う、温かい心です。もう一つは「悲(ひ)」のお心。これは、「あなたの痛み・苦しみが、そのままこの私の痛み・苦しみでもある」という、他者の苦悩に深く共感し、寄り添う心であります。この「大慈悲」のお心を、今日は一つのテーマとして味わってまいりましょう。

「おふくろさん」に聞く親の願い

(このテーマに触れるとき、個人的に)森進一さんの名曲、「おふくろさん」が思い出されます。この歌の歌詞の中に、次のような一節があります。

「雨が降る日は傘になり
おまえもいつかは世の中の
傘になれよと教えてくれた」

この短い歌詞の中に、一人の息子とその母親の、長い人生の物語が凝縮されて描かれているように感じられます。息子がまだ小さかった頃、雨風から守る傘のように、どんな時も息子を守り続けた母の深い愛情。そして、その息子がやがて一人前の男となり、今度は自分が誰かの傘となるように、家族を支え、世の中を支える人間になってほしい、という母の切なる願いが込められているのではないでしょうか。

1971年、森進一さんはこの「おふくろさん」という曲で、その年の日本レコード大賞・最優秀歌唱賞を受賞されました。授賞式での歌唱は、テレビなどを通してご覧になった方も多いかと思いますが、見る者の心を揺さぶる、大変感情のこもったものでした。目に涙を浮かべながら歌うその姿には、多くの人が、歌い手自身の人生や、そのお母さまへの感謝の思いを重ね合わせて、深い感動を覚えたことでしょう。

そして、もしその場に、森進一さんご本人のお母さまがいらっしゃったとしたら、我が子が日本で一番歌が上手だと認められたその瞬間を、どのようなお気持ちで見ておられたでしょうか。きっと、ご本人と同じように、あるいはそれ以上に、涙を流してその栄誉を喜んでおられたのではないでしょうか。

親心と仏心(ぶっしん)

「あなたの幸せは、そのまま私の幸せ」「あなたの喜びは、そのまま私の喜び」。この、損得や見返りを考えない、ただ相手の幸せを純粋に願う心。もし、私たちが生きるこの娑婆(しゃば)世界で、阿弥陀さまのお慈悲のお心にたとえるものがあるとしたら、この「親心(おやごころ)」というものの中に、その一端を垣間見る思いがいたします。

しかし、私たち人間の親心というものは、どうしても我が子や、ごく身近な人にしか及ばない、限りのある心です。

それに対して、阿弥陀さまの大悲のお心は、生きとし生けるすべての命、一人ひとりに平等に注がれています。そして、「この阿弥陀に任せなさいよ、必ずあなたを救いますよ」と、常に私たちに呼びかけ続けてくださっているのです。

すべてのいのちに届くよび声

その阿弥陀さまの、私たちへの絶え間ないよび声が、形となったもの。それが、「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)」の六文字のお名号(みょうごう)なのです。

-法話