ぞうさん

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この言葉に続く歌詞といえば、なんでしょうか??
小さい頃、聞いたり歌ったことがあると思います。童謡「ぞうさん」です。
ぞうさん ぞうさん お鼻が長いのね
そうよ  かあさんも 長いのよ
よくよくこの歌詞を味わってみると、どこか不思議な感じがしませんか?登場人物は何なのでしょうか。
おそらくこれはゾウ同士の会話ではなさそうです。
象さんAと象さんBがいて、「あなたの鼻は長いのねぇ」「あなたも同じじゃないか」というようになります。
同じもの同士ならば 「お鼻が長いのねぇ」とは、そこは問題にはなりません。
インターネットで調べてみると、この「ぞうさん」には意味があったようです。
この作者は、まどみちおさんです。お隣の周南市のご出身です。
これは、ゾウさんの鼻がながいという別の動物視点から、まるでからかっている歌らしいです。
他の動物とは、例えば「くま」、「たぬき」、「きつね」とか、鼻が長くない動物がゾウさんの鼻を見て、
それをからかっている場面でしょうか。
動物の中でも、鼻が長い動物はあまりいませn。少数でしょう。
大多数から見て、少数のものをからかっているのが
「ぞうさん ぞうさん お鼻がながいのね」っという歌詞が表しています。
けれども、その言葉を受けて、なんと答えたか!!
「そうよ かあさんも長いのよ」
この「そうよ」という言葉が力強く感じられませんか?
からかわれても、そこに傷つくのではなく、大好きなお母さんと同じだからこそ、胸を張って答えられたのでしょう。
童謡「ぞうさん」という歌詞、聞き慣れていたと思いましたが、このような思いが込められていたのです。
ここからは私の想像ですが、この子どものゾウさんが、胸を張って「そうよ」と言えるまでには、
こんな事があったんじゃないかと想像しました。これは想像です。まどみちおさんが言っていることではありません。
ある時、他の動物からいじめられて、からかわれて、泣きながら家に帰って来た時に、
母親ゾウに、泣きながら「友達にからかわれた」ことを報告したんじゃないでしょうか。
泣きながら、「この鼻が長いことが嫌だ、なんでこんな鼻に生まれたのか」と泣いて苦しんでいた時があったと思うんです。
その時に、お母さんゾウが「お母さんも同じよ、その鼻はあなたの良いところである、あなたはすばらしいのよ」と
褒め称えたんじゃないかと思います。
世界で一番大好きなが褒めてくれた、素晴らしい所、いい所なんだと言ってくれた。その時から、
子どものゾウさんにとって「鼻がながい」という事は、自分の好きな所へと変化したんじゃないかと思うんです。
「お前の鼻は長いのは変なことだ、みんなと違うお前は変なんだ」と言われても、
「確かに私の鼻はみんなと比べたら、長いけれど、お母さんと同じなんだよ、それは私の個性なんだ」と胸を張って
いけだんじゃないかと想像しました。
私にとって、自分の命が一番大事だと思います。自分が一番かわいいと思います。
他人のために生きるという事もしたいですが、それは自分をトコトンまで犠牲にした生き方ではなく、
自分を守って、他人も助けられたらいいなと思う程度にしか考えられません。
一番大事なのは、自分の命と思っていても、そんな自分の命さえもおろそかにしてしまう時が来るかもしれません。
年を重ね、身体が思い通りにならなくなって愚痴が出てくるときもあります。
病になって、嫌になるときもあるかもしれません。
けれども、この私が自分が嫌になっても、この命が大事に思えなくても、けっして私を見捨てはしない方がいます。
それが阿弥陀様です。
この私を尊い存在である、大切な存在である。あなたを必ず救うよ、迎えとるよとご一緒くださるのが阿弥陀様です。
若くても、年をとっても、健康でも、病気でも、私が忘れてしまっても、私を忘れない方がいらっしゃいます。
思春期の頃の私なら、顔が嫌で人と比べて一喜一憂したことです。
学生時代に、成績を比べて一喜一憂したことです。
社会に出ると、勝った負けたと一喜一憂する。それは比べていく世界には、勝った負けたの世界には、
本当の豊かで幸せなものはないのかもしれません。
であるならば、子どものゾウさんが、「そうよ、かあさんも長いのよ」胸を張って生きていけた、そこに豊かな生活が
待っているのではないでしょうか。
私の先輩がこのように言っていました「比べるな!心が腐る」
私は私のままでいいのだ、すでに阿弥陀様に見守られ、尊い命であると聞かせていただいた私たちは、
そのままでお浄土の人生を歩ませていただくのです。あなたの命そのままがすばらしのです。

-法話

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