光と闇の深さ

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テレビを見ていますと、良いニュースよりも悪いニュースの方が多いですね。
私たちが知りたい事や知っておくべきことは、良い事より悪い事のようです。
噂話も良いことに尾ひれがついて自分にまで届いたことなどありません。やはり
悪い事について尾ひれがついて、話が自分の耳に届くことばかりです。
しかし、人のことは棚に上げて、欠点を見つけて非難・評価・批判をしては
現実を嘆く事はありませんか?
悪いニュースを見て、「どうしてこんな事が出来るのか」という感想を持つ私にとっては、
いつも闇の部分を批判するばかりです。
「どうしてこんな事ができるのか?」  (闇)悪い人だ。
(光)こんな人にはならないようにしよう
しかし思うことですが、光ばかり(良い行い)ばかりの人などいないんじゃないでしょうか。
光があれば、自ずと闇が出来ます。光に出会えればこそ、闇に気づくことができると言えます。
その闇の大小を他人と比べたところで満足しているのは、自分の解釈次第で大きいくも
小さくもなります。そのレベルで満足してしまえば、おそらく気づかぬ内に闇に落ちてしまいます。
阿弥陀如来さまの御慈悲は、ありのままの私を受け入れ、けっして見捨てはしない仏さまです。
光も闇も、善も悪も、ありのままの私、そのままの姿を救ってくださるのです。
私が忘れがちなことですが、他人の批判・評価をする立場を一度降りて、
自分の闇を見つめなおし、弥陀の救いの有り難さを受け取り、
自らの人生の歩みへとしていきたいものです。

-法話

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