悲喜交流

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浄土真宗の言葉に、「悲喜交流」(ひきこうりゅう)という言葉があります。
『六要鈔』という存覚上人の書かれた書物の中に出てくる言葉です。
どういった意味かと申しますと、「恩徳讃」を例に説明しますと、
如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も 骨をくだきても謝すべし
とあります。お寺の法座にお参りすると、歌うことがあるかと思います。
これは親鸞聖人の記されたものなのですが、どのようなお気持ちであったかを恐れ多いですが
考えてみますと、
「今、阿弥陀如来さまのはたらきに出遇っている私は、大いなる喜びに出遇えた。
この恩に対して、身を粉にし骨を砕きても報謝すべきである。それほどの喜びである。(喜び)
しかしながら、身も骨も砕けぬ身である私の姿であります。(悲しみ)
そんな私こそ、何も出来ない私と見抜いて救ってくださる仏さまとは、なんと有り難いことであろうか」
このようなお心であると、察することができます。また親鸞聖人の主著『教行信証』には
まことに知んぬ、悲しきかな愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利
の太山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくこ
とを快しまざることを、恥づべし傷むべしと。
と、記されています。現代語訳では
いま、まことに知ることができた。悲しいことに、愚禿親鸞は、愛欲の広い海に沈み、名利
の深い山に迷って、正定聚に入っていることを喜ばず、真実のさとりに近づくこと
を楽しいとも思わない。恥しく、嘆かわしいことである。
と、おっしゃられています。これは文章の表面的に見るならば、自らの身を恥じて、嘆いてるように見えます。
しかし、この言葉こそまさに悲喜交流の思いが込められているのです。
この嘆かわしいと気づいた時、まさに阿弥陀如来の御手に抱かれていた私であると気づけるのであります。
どれだけ素晴らしい教えに出会ったとしても、自らが実践し成功しなければ救いの意味がありません。
親鸞聖人が比叡山での20年の修行がそうであったように、どれだけ自力の修行をしようとも
一切煩悩を断ち切れなかった我が身であると気づいた時に、聖人は絶望以外のなにものでも
なかったかと思います。
この「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えて、必ず浄土に参れる・仏となると定まっても
いまだにこの娑婆世界の身として嬉しいとも楽しみであるとも思えなかったこの私を
阿弥陀如来さまは必ず仏と誓われたのであります。
まさに、阿弥陀如来さまに出会えたからこそ、この光に出会えればこそ
我が身の欲深い、心の闇を照らされたので、まさに恥ずべしという「悲しみ」
救われ難き身が、そのまま救われていく「喜び」へと転ぜられていくのです。
聖人君子の言葉は、とても素晴らしいと思います。まさに実践されている中でその道を
極めていくことも1つの選択かと思います。けれども、我が身に気づき、暗闇を指摘され
どれだけ煩悩を断ち切ろうとも、断ち切れなければ、それは救いではありません。
煩悩・人間の闇を非難することは容易いですが、それに気づかせるだけでは「救いの教え」では
ありません。言うなれば、人を絶望に貶める「教え」でありましょう。
浄土真宗の教えは、そうではありません。
この身に気づけば、この身そのままを救ってくれる教えです。
悲しみだけではありません。そのまま救いに預かっている他力の教えでありました。
お寺に参る事のきっかけは、やはりお葬式をご縁とすることが多いことです。
しかし、悲しみが悲しみだけで終わるのではありません。
またお浄土で再び出会わせて頂く。この悲しみがご縁となり、仏縁に出遇えたのです。
また私も仏となり、先達のお導きにより、喜びの世界へと転ぜられるのです。

-法話

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