舎利弗よ

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阿弥陀経には、度々「舎利弗」という言葉が出てきます。この「舎利弗」という
言葉をご存知だろうか?
そもそも阿弥陀経とは、お釈迦様が祇園精舎において、長老の舎利弗に語りかけられたお経です。
西の方、十万億の諸仏の国々を過ぎた所に極楽浄土があり、阿弥陀と名乗られる仏さまがおられ、
現にいま人々を迷いの海から救い出されていると説かれ、極楽浄土の美しい荘厳や、そこに住む
人々の尊い姿が示されています。すべての人が南無阿弥陀仏の名号に込められた心を仰ぎ、
信じ喜んで、かの仏の浄土に生まれたいと願うよう勧められます。(日常勤行聖典より引用)
つまり、お釈迦様が弟子の「舎利弗」にむかって、浄土とはどのような所で、阿弥陀様のはたらきの
姿をお説きになられたお経なのです。お釈迦様の時代から2500年経過した今、お釈迦様が
弟子に伝えられたことを私たちが聞かせて頂いていると言えます。
今でこそ紙に経文を印刷し、我々みんなが阿弥陀経を読むことが出来ますが、昔は紙に書き記すという
文化がなかったので、口伝えでお経を暗記してお釈迦様の言葉を伝えられたのでした。口伝者が一人として
欠けていれば、この今日は伝わらなかったかもしれません。2500年かけて私に届くまでに、沢山の
方々のリレーによって私が出遇えたお経と言えます。当たり前にお経に出遇っているのではなく、
遇い難いご縁によって、今私たちが阿弥陀経をお唱えしていると思うと、大変有り難いものであります。
多くの先達の方々が残していかれた、大切な教え(お経)なのです。
このお経の体裁は、他のお経とは違っていおります。何が違うかというと、このお経にはお釈迦様の
一方的な言葉しか記されていないということです。
一般的なお経には、お釈迦様とお弟子さんの問答から始まります。弟子の一人が、分からないことを
お釈迦様に質問される所から始まり、その問いにお釈迦様は答えられるのです。
いわゆる会話記録がお経の一般的な形と言えます。
しかし阿弥陀経には、お弟子さんの質問箇所は見当たりません。むしろ一方的にお釈迦様が
弟子に向って話しているのです。
「舎利弗よ」浄土とは、こんな所だよ。
「舎利弗よ」阿弥陀様とは、このようなはたらきをするのだよ。
このように話が展開していきます。このような特徴があるお経ですので、「無問自説の経」と言われます。
弟子が問うこと無く、お釈迦様自らお説教をされたお経です。
経文には「舎利弗よ」としか言われませんが、これは当時のお弟子さんの前でお話された事なので
その会話の相手として「舎利弗」と語りかけながら、多くのお弟子さんたちがお聴聞していたのです。
「舎利弗よ」ではなく、「みなさん」と変えてもいいのですが、そこに自分の名前を置き換えてみてください。
「藤本弘信よ、西に十万億の諸仏の国々を超えた所に、極楽(浄土)という世界があり、そこには
阿弥陀という仏がまします。今現在説法され、その国をなぜ極楽(浄土)と名付けるかといえば、
その国の人々は、何の苦しみもなく、ただいろいろな楽しみだけを受けているから、極楽というのである。」
以上のように、舎利弗ではなく、自分の名前に置き換えると、私に向ってお釈迦様が話を説かれているように
思いませんか?これが大事なことなんです。
阿弥陀様の救いは、全体をごっそりと救おうとされたのではありません。この私一人を救うために、
私一人を抱えてご修行されて、現に阿弥陀という仏となられたのであります。
「私が救われないようならば、仏とはなれん。」と自分一人の悟りでは自らの救いとせず、
私を先に救いの目当てとされた仏さまなのです。
お釈迦様が、たくさんのお弟子さんの前で話されたことですが、舎利弗とお呼び下さったのには
阿弥陀様の救いのはたらきが、「あなたの為であった」と「あなたの救いがなければ、仏とはならんと
お誓い下さったのが、阿弥陀様なんだよ」とお説教くださったのであります。
このお経が私に届くまで、2500年の月日が経過しました。最初は口伝で伝え、シルクロードを通り
紙に記され、海を越えて今の私に届いた遇い難くして、今出遇えたお経なのです。
この私が救われる道が他にあれば、そのモノを大切にして後世に伝えられたでしょう。
しかし、この私が救われる道は、阿弥陀様の「この私を目当てとした」他力のはたらきこそ
私が命終えて行けるものなのだと、先祖の方々が遺言として残されたのかと思います。
「死んだら終わり」じゃない、浄土に生まれ、仏となり、またこの世に「南無阿弥陀仏」の
お念仏の働きとなり、残された大切な方々をご教化する尊い存在となるのです。
仏説阿弥陀経とは、この私に届けよと、聞いてくれよと何度呼びかけてくださっていたお経なのです。

-法話

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