10余カ国を越えて

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『歎異抄』という本を読んだことがあるでしょうか?
現代の私たちでも大変読みやすくなっていますので、ぜひご一読ください。
大学生の頃、矢田了章先生のゼミで卒業論文など大変ご指導いただきましたが、
矢田先生が歎異抄について、分かりやすく解説・現代語訳されていますので、
とてもおすすめしています。
その歎異抄の2条には
おのおのの十余箇国のさかひをこえて、身命をかへりみずして、たづね
きたらしめたまふ御こころざし、ひとへに往生極楽のみちを問ひきかんがた
めなり。
と始まります。車も電車もなかった時代、人々は関東より京都におられる親鸞聖人に会いに来ては、
往生極楽の道を尋ねられて来られたということが、窺い知ることができます。
「身命をかえりみずして」、まさに命がけで来られるのですから、切実な問題でありました。
けれども、そんなお同行に親鸞聖人は、きっぱりと
「念佛以外に他になにもない」
と、おっしゃるのでありました。
「念佛じゃない、他の道が知りたいのであれば、比叡山や奈良に高名な僧侶がいらっしゃるので、
そちらでお尋ねになりなさい。私、親鸞におきては、念佛以外他にありません。
ただ阿弥陀様にお任せする。それだけです。」
それは、関東の門弟には何度と聞いたことでありました。けれども、後生の一大事「わが生命の問題」だからこそ
何度も何度も聞かずにはおれなかったのでしょう。何度も親鸞聖人から「念佛一つ、弥陀に任す」と聞いていても、
やはり自分の耳でもう一度聞いておきたいと思ったことでしょう。
命をかけて歩いて来られた道のりを考えると、東海道を歩いてこられた場合
常陸・下総・武蔵・相模・伊豆・駿河・遠江・三河・尾張・伊勢・近江・山城
これだけの国を越えなければなりませんでした。ただ一心に、この私の逝き先を聞くために、
早くて片道10日ほどでしょうか、天候・体調次第で15日、20日かかることでしょう。
およそ500キロの道のりを、
「ただ親鸞聖人に会いたい、そしてもう一度ご法義にあっておきたい」
というものです。何度聞いても聞かずにはおれないのがこのご法義です。
念佛以外に必要に駆られて、自分の側で準備しておきたい、自らの功徳を頼りとしたいと
思って、一歩一歩京都へ上られた方も多かったことでしょう。
けれども、いつ親鸞聖人に聞いても「念佛一つ」「念佛成仏これ真宗」と述べられるだけで、
聖人自ら阿弥陀仏にお任せした姿をお示しになるばかりでありました。
現代ではホームページで法話をご覧になることもできますし、You Tubeでも見ることができます。
車や電車を使えば本山にも昔に比べて簡単にお参りすることもできます。
けれども、便利になりすぎた故に、この「身命をかえりみずして」までも教えを残された方々の
御遺徳も見えなくなってしまっては、申し訳が立ちません。
どうぞ、ご法座に参って直接浄土真宗のご法義をお聴聞(聞いてみて)ください。
いつ聞いても「念佛ひとつ」何度聞いても「念佛ひとつ」「ただ阿弥陀様にお任せするんだよ」
という話ですが、それだけだからこそ有り難いのであります。

-法話

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