アルフレッド・ノーベルの話

今日は11月25日です。何の日でしょうか!?
実は、1867年にアルフレッド・ノーベルがダイナマイトの特許を取得した日なんです。
ダイナマイトとは、岩盤を砕く時などに使われるのですが、かつて戦争で使われて多くの人々を悲しませた
事に心を痛めたノーベルは、この特許で得たお金を、ノーベル基金として後世の研究に役立てようと、
あのノーベル賞を作りました。
子供の頃に、ノーベル賞をいうものを知って興味があったのですが、一番の興味は賞金です。
聞いた所によると、ノーベル賞で貰える賞金が1億円らしいです。子どもながらに、もらったらどうしよう!?
なんて考えていました。
ノーベルは、技術を社会の為に使いたいと思っていましたが、実際は戦争に使われるという事になりました。
ダイナマイトが悪いのでしょうか?いえ、ダイナマイト自体は何一つ悪いものではありません。
発見したノーベルが悪いのでしょうか?発明しなければ、悲惨な事にはならなかったはずです。
しかし、ノーベルは何一つとして悪くありません。なぜなら彼が発見しようがしまいが、後々発見されるものですし、
彼の望みは社会の為に使うように願われていたからです。
では、誰が悪いのでしょうか。それは使う人間に問題が有るからでしょう。
煩悩といって、自己中心的な思いがあるのが人間です。どれだけ世のため・人のためと思っていても、
いつの間にか自分中心で物事を考えてしまうのが、人間であり、煩悩の姿です。
その人間の姿を親鸞聖人は浄土和讃に「無明」と表されています。
無明の闇を破するゆゑ
智慧光仏となづけたり
一切諸仏・三乗衆
ともに嘆誉したまへり
私が無明なものに対して、阿弥陀様は無明の闇を破る働きであると示されています。
よく仏教では、知識と智慧の話しをします。
よくニュースを見ていると、高学歴である容疑者が事件を起こすという心痛ましい事件がありますが、
そのニュースを見て、みなさんはどのように思われますか?
「なんて馬鹿なんだろう」って思いませんか?
私は馬鹿なぁと思うのですが、よくよく考えてみるとですが、
おそらく、馬鹿じゃないと思うんです。どちらかと言うと、聞いたことのある大学に入学されるくらいなので、
私より頭がいいんだと思います。教科書を読んだら、ぱっと暗記出来たり、難しい計算をしたりと、
知識は私よりも豊富になるんじゃないかと思います。
事件を起こす人の中に、馬鹿だから事件を起こしたというよりも、
知識があったとしても、それを活かす智慧がなかったのではないでしょうか。
インプットすることは出来ても、それをどのように活かすかが欠けていたと思います。
悪い事をしようと思ってするよりも、「自分が正しいんだ」と思って事件を起こすことが多いでしょう。
それは、正しいという自己中心的な判断で物事を見るからであって、広い視野で物事を見れていない、
まさに煩悩・無明の闇のなかを生きているのが、その姿ではないでしょうか。
親鸞聖人が、なぜ阿弥陀様を無明の闇を破する仏さまであるとお示しくださったのか。
どこまでも自分しか考える事ができない自分であると、阿弥陀様のみ教えに出会い気付かされるからでしょう。
ダイナマイトが悪いのでも、ノーベルが悪いのでもなく、それを使う人間が悪いように、
私を取り巻く善悪の判断も、少し阿弥陀様の智慧に照らし合わせて、自己中心的でないか考えることこそ、
無明が打ち破られているのでしょう。

-法話