一隅を照らす

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最澄の著述に『山家学生式』というものがあります。その中に
「国宝とは何物ぞ。宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝となす。
故に古人の曰く径寸十枚是れ国宝に非ず。一隅を照らす。これすなわち国宝なり」
と記されている。
私の私生活で大切な物はパソコンです。今このようにHPを更新するにも
調べ事をするにも、勉強会の資料を作成するものパソコンです。
買ってきた時は、同じ製品であればどれも同じなのですが、使っていく内に
自分に合ったパソコンに成長していくというか、他のパソコンとは違う
私の大切な物へと変わっていきます。
私生活で大切なものは、お金もあります。毎日の食事・研修会への参加、
また交通費等お金は生活の中に、なくてはならないものです。
けれども、どれも大切なものでありながら、命終えていく時に私の支えとなるものではありません。
命を終えようとする時に、パソコンが役だったなどと聞いたことがありません。
命を終えようとする時に、お金を抱えて安らかに命を終えたという人を聞いたことがありません。
このように私たちが日頃、大切にしているものが、「普遍的なものである」ことはないことが分かります。
最澄が、「国宝とは道心である」とおっしゃっています。
親鸞聖人であれば「信心」といわれる所かと思います。
この人生に行き迷った時に、人生の岐路に立った時に、心の支えとなるものは何か、
それは心の隅までも照らしてくれる、どんなに迷っていたとしても、我が人生の
歩む道を照らしてくださっているものこそが、大切なもの、つまり国宝であるとおっしゃっているのであります。
「南無阿弥陀仏」のお念仏は、阿弥陀様のお喚び声、私が必ず助かると今ここにはたらきが
届いていることを、確かに声となり表れてくださっているのです。
今の人生、家族・お金・健康、どれも大切なモノです。私もそうです。けっして失いたくないもの。
そうじゃないですか?
けれども、いつか手放すその時に、普遍的なもの(信心)を持っておきたいものです。(頂いておきたいものです)

-法話

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